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小沢日記
| - Elizabeth Call - | 08.04.27(日) |
ttp://www.burmaborderprojects.org/AboutUs/Bios/ElizabethCall.html ↑コールさんの写真だろうか。 確かにこんな感じの人だった気がする。 白人でセミロングの金髪20〜40のどの年にも見えるような感じで、植物っぽい感じで。 心理学博士なのね。 ――って、コールさんスリンガー使ってんじゃん! いや抱っこひもか?とにかくそういう奴をさ。 それでなんで世の中の人がけっこうスリンガー(及びだっこひも)を使っている事実を、小沢さんが考慮に入れないのかわからん。 〜〜上のサイトのヤフー翻訳〜〜 Call博士は、ケンブリッジ(マサチューセッツ)で、精神的外傷、損失、EMDRと注意で専門で独立した精神療法練習を走らせます。 そのうえ、彼女はブルックライン(マサチューセッツ)の司法省Resource研究所のTraumaセンターの上級監督です。 彼女は、以前、彼女が精神的な評価とあらゆる精神的外傷関連の症候群を専門としたマサチューセッツ総合病院のスタッフPsychologistでした。彼女はハーバードメディカルスクールのPsychiatryの前Instructorでもあって、多様な人口の上で、全国的に、そして、国際的に、精神的外傷と損失の影響の講義をしもしました。アメリカインディアンとラテンアメリカ系の精神衛生治療を専門とするアリゾナのコミュニティに基づく精神衛生センターで働いている間、十字文化心理学に対する彼女の関心は発達しました。彼女は、仕事場と学校の多様な文化を集積することを調査する多数のワークショップを行いました。 1998年に、Call博士は、精神的な医療専門職をポスト精神的外傷カウンセリングをするために訓練しようとしたバングラデシュのユニセフが提案するプロジェクトに関するコンサルタントとトレーナーでした。瞑想と仏教心理学に対する彼女の関心は、彼女がビルマのマスターで勉強した東南アジアへの彼女の最初の訪問を示唆しました。それ以来、彼女は境界で精神的な公共医療を確立するために、ビルマ人とカレン難民に対する活動に、ビルマとタイの国境を繰り返し訪問しました。彼女は、境界で難民と季節労働者の間でワークショップ、trainings、個々の協議と試験を行いました。彼女も、ビルマの難民のありさまと反発力に点火するために持ってくる写真を使うことに興味があります。 ----- 「Elizabeth Call」で検索して引っかかってきたページ。 ttp://www.redwingbooks.com/products/books/MenWebLif.cfm 〜〜その翻訳〜〜 漢方薬(特に公式の絶滅の危機にある種の非持続可能な使用)の世界で明らかにされて、著者は生物多様性の損失を申し出ます。 「漢方薬を注ぐプロセスは、自然で機能して、体プロセスを補って、全ての存在の範囲内の生理的で精神的な可能性を再接続して、集積しようとします。大部分の漢方薬開業医は、患者の評価において活発に彼らの五感を使います。…漢方薬の有機接近は直観力の使用を促進します。そして、批判的思考法、アカデミックな知識と実際的な経験と統合されます。残念なことに、自然からの分裂も漢方薬で生じました。そして、それの原理は臨床診療だけにおいて適用されます。たとえば、彼らが人々が動物より重要であると主張するので、一部の中国の医者は危険にさらされた動物の彼らの使用を正当化します。この位置は人々に自然の貢献を無視して、矛盾する反対において人々と自然をくさびでとめます。それで、これらの個人が人間が自然から分離されると考えない間、彼らは中心位置(非常に、西側で合います)に人間を置きます。そして、それは生命の網から彼らの距離を維持します。」 彼女は、将来の世代のためのその薬の保存の場合のように同様に、その薬物学でリファレンスをつけられる種の生き残りでの責任が重い役割を引き受けるという漢方薬職業への要求を鳴らします。これはフィールドで一人の学生または開業医にも興味深いだけでない、思慮深い、完全に研究された本であるが、患者に集中するかもしれない、しかし、種(惑星)に、そして、向こうに広がる治療者の巨大でmutifacetedされた責任を重要な思い出させるものとして用いられます。 漢方薬の話してるので、これはコールさん本人だと思う。 (両方とも、全然関係ない別人だったらすみません。) |
| - 女性自身 - | 08.04.24(木) |
「女性自身」2008年5月6日号ゲット。 立ち読みですまそうと思ったら、おばあさんのお通夜のときの写真が出ていたのでつい。 小沢健二の略歴があまりに的確なので笑ってしまった。 今まで、あらゆる音楽雑誌・月刊誌の略歴のまとめかたが、どうも腑に落ちなかったのが、 初めて的確にまとめてくれたのが「女性自身」とは。 あんた、ただのファンでしょ。 (ただちょっとフリッパーズのトピックが多いのと、 小沢のTV出演の最後は「昨日は去年だった」ではなくて、2月3日の「うたばん」なんだけど。) 記事中では、「女流写真家」とか「貧しい人たち、虐げられている人たちに焦点をあてているようです」 と、まとめ方微妙な点もあり。 小沢の自称が「私」として紹介されてるのがおもしろかった。 「私」? これ伝聞で曲がって伝わってるのか、実際今「私」って言ってるのかちょい気になる。 雑誌を買ったので一応全部に目を通してみたのだけど、つまらんなー、週刊誌。 私は今まで「こういうのを馬鹿にしながらも、手に取ればそこそこ面白がって読む人」だと思っていたんだけど、 隅から隅までつまらない。 石川遼 僕って雨男なの? よくそんなこと記事になるなあ。 金婚式には、ぜひ宮崎に!(東国原氏から天皇夫妻に) 余計なお世話だ! 高木雄也 休日は、家から一歩も出ないでボーっとしてます! 知るか! これなら「ゆほびか」でも読んだほうがマシだ。 読者投稿ページだけちょっと読めた。 個人の話というのはなんで面白いのかね。 あと意外な収穫がチベット問題の記事。 見開き2ページで、私のようなパーにもわかるようにチベット問題の発端と経緯が書かれてある。 中華人民共和国成立の翌1950年、毛沢東は 「僧侶が人民を支配するのは封建的、チベット人は虐げられている」と主張し、 「解放」の名のもとにチベットへ侵攻しました どっかで聞いたよーな話だ。 よその国に武力をもって入っていくときは、みんな「人民を解放してあげるから」というスタンスを取るのかね。 中国人がもし「ダライ・ラマという独裁者の悪政からチベット人を守ってあげる」という政府の発表を信じているとして、 似たような図式が自分にあてはまらないか心配だ。 (まあこれは1人のジャーナリストの見解なわけで、実際どうなのかは判らないけど。) 小沢さん、「うさぎ!」の第6回で けれど、「豊かな」国々の人たちは、「核兵器の問題」と聞くと、 心の中に仕掛けられたスイッチが入るように、一発も核兵器を持ったことのない 小さな国のことなどを思い浮かべるようにしつけられているようでした。 と書いてるけど、これってイラン? |
| - 広告のコペ転 - | 08.04.17(木) |
企業が広告を出すことを通して、マスメディアの言説を握ってしまうという話について。 それに対抗するのはネットだろう、と書いたが、アル・ゴアさんも同じこと言ってるそうだ。 だから政治家だったときはネット関係のことを推進したんだって。 へえ。 環境派(ってなんだよ)が、一枚岩でないというのは、心強いね。 全員一律で同じこと言ってると、なんかあれだからね。 ――なんてことがどうでもよくなることに気づいた! この日記の上の方の広告に、最近「CO2削減」というのが出るのよ。 多分、5日に排出権のこと書いたから。 前に「うさぎ!」と書いたら、「ペットにうさぎが欲しい人はこちらへ」的な広告が出て、 「違うよ(笑)」と思ったりもした。 グーグルの、このあちらこちらで見られる広告は、 そのページの中にある単語を探って、その単語に関わりのある広告を表示させる。 2〜3年前からだっけ、こういう方式の広告になったの。 ネット上の広告は、けっこうこの方式になっている。 その方が広告効果が高いからだろね。 ・・・。 って。 ちょっと待て。 ということは! 「広告が、人々に無理やりモノを買わそうとする」 という小沢さんの言説は、もう成り立たないってことよ。 いやテレビや新聞は別だけど、ネット上では、もう。 私が排出権と書いたから、CO2関係の広告が出る。 私が小沢健二と書けば、「amazonで小沢健二のCDを」みたいな広告が出る。 もともと興味のある人にだけ、広告が見せられる。 どんな広告を表示させるかを決めるのは、書き込み一つ一つである。 つまり広告が言説を握るどころか、我々が広告を握っていると言っても過言ではない状態になっているのだ。 どうなのこれ。 これどうなの。 やっぱり、灰色なんてものは、いないんじゃないか。 少なくともネットと仲良しとはいえまい。 灰色(という名の陰謀のかたまりみたいの)があるとしても、それはgoogleとは対立関係にある。 グーグルの発明したこの広告の方式が、灰色の陰謀を一つ、完全に打ち砕いている。 「広告屋が広告効果をより高めようとしたら、灰色の陰謀が一個打ちくだかれた」 このことは、心のメモにしっかり書いておくべきことだ。 そういえば、ニコ動の広告もな。 ユーザーが自分で広告を選んできて貼り付けるというあの方式は。 見る者が、どんな広告を表示させるかを選び、 見る者が、どんな広告を見るかを選ぶ。 そうなるとそれはもう、広告とはいえないんじゃないか。 とにかくそういうコペ転があったことは、 「民営化 資本主義 広告 言論」ということを考えている人は、知っておくべきだ。 |
| - .com - | 08.04.12(土) |
クイズ番組で、「.com」はコマーシャルの略だ、と言っていた。 へえ。 ちなみに08年4月12日現在、wikiで「.com」をひくと トップレベルドメインにおける営利企業(commercial)系の識別子。→.com と出ている。なるほど、それで「.com」じゃないのね。 それでかどうかわからないけど、それでだとすると小沢さんはネットに詳しいんだな。 「.org」を引くと、 organizationの略で非営利団体を表し と書かれている。 ただし「org」で引くと オルグは、organizeまたはorganizerの略で、(特に左派系の)組織を作ったり拡大したりすること。組織への勧誘行為。および、それをする人のこと。 と書かれている。 や、偶然なんだろうけど。 (つまんない付加情報、すみません。) |
| - ほめ忘れ - | 08.04.09(水) |
書くの忘れてた。 「毎日の環境学」のパッケージ、CDの版面が傷つかなくていい。 CDやDVDを取り出すとき、よく真ん中のギザギザに引っ掛けそうになって困っていたのだけど、 「環境学」は昔のLPみたいに半透明の袋にいれてから紙のジャケットにすべりこませる形なので、傷の心配がなくてよい。 って思ったんだった。 「ぺらい」って書いたらそっち書くの忘れちゃった。 |
| - 「うさぎ!」第8回 - | 08.04.06(日) |
第8回に出ているエリザベス・コールの写真がやはり良い。 この鉱山の人の顔が、ライトでぼうっと浮かびあがっている一瞬をとらえたやつとか。 こんなハッとするような写真を撮る人が、映画では全然そんな感じではなく自己主張しない画だったんだからなー。 そういうのって調節できるのね。 「調節」できるというところに、プロを感じる。 まあ小沢さんがカメラ回してた部分もあるのかもしれないけど。 >民営化されたら物事を決めるのは灰色。 >企業が新聞広告を買って、自分たちに都合の悪いことは書かせないようにする。 そこでネットが有用になるような気がする。 ネットの書き込み主は、掲示板の広告主に遠慮することなんて全然なく、好きなこと書いていけるのだから。 そしたらプライベタリゼーションとやらも怖くない。 雑誌のように、出すのにある程度お金がかかるという制限もないから、 貧乏人も全く同じ条件で発言できる。 全く同じ条件で。 なんでそこをあえて迂回しておいて、 「プライベタリゼーションが怖い!」 「ほらほら、広告で言論を抑えられちゃってますよ。ひどいですよ!大変なんですよ!」 とくるのかわからない。 前回血迷って書いた日記の「日本カーボンオフセット」と同様の、まだるっこしさを感じる。 >携帯電話 については、言われなくてもそんなに買い替えたりしない。 現実的に考えてみろ、買い替えると事務手数料が3000円取られるんだぞ! しかもそれまでダウンロードしたゲームや音楽や特別な壁紙は、次の携帯には移せない。 アドレスを移したときに、友達の生年月日とかの情報は移行できない。 ないないづくしなので、実際にはそうそう買い替えとかしない。 小沢さんの頭の中の携帯をぽんぽん買い替える人のイメージはどこから来ているのだろう。 私が知らないだけで、実際はけっこうな数いるのだろうか。 >売上の一部が、鉱山夫用の新しいマスクの開発に使われます! >さあ、胸の痛みを忘れて、じゃんじゃん買ってください! あるある。 どこそこに寄付すれば、二酸化炭素出さなかったことにできるので、じゃんじゃん電気使っても大丈夫です、みたいな。 エコバッグもそうだけど、実際にどれだけ効果があるのかわからない小さなことがフォーカスされて、 変に胸の痛みだけ忘れられる仕組みになっちゃってるとこ、あるある。 でも多分、そういう製品を作る人は作る人で、真剣なのだと思う。なぞの中間法人も含めて。 「自分のできる範囲内」で、今の生活の一部を別のものに変換する方法で、 いかにしてエコを実践するかと考えてやった結果が まだるっこしかったり、怪しかったりするのではないかとも思う。 (何者かのインボーに操られてるから怪しい活動になっているという可能性も完全には捨てずに。) 小沢さんはさあ…、小沢さんは、企業で働いたことないから知らないんだよ。 企業というものがどんなに弱いか。 消費者の気持ち一つでどんなに振り回されるか。 熾烈な競争の中で生き残るために、生き残って社員を食わせるために、 どれだけギリギリの生産や営業をしているのか。 その中で「エコ的な面を持ってる製品を作れば、そうでない他社製品に対して差別化できる」 と思ったら、そうしたりもする。 それを思いついた社員の胸の中にあるものが、実は本当の善意であることもある。 ただ「地球のために、こうしましょう」なんて言っても、企画書は通らねえのよ。 実現させるためには「こうすればわが社の企業イメージがあがるから」という 客観的エクスキューズつけないとだめなのよ。 裁可する課長だって「こういう客観的指標があったから、ハンコ押したんです」 といえるものがないと、困るから。 あとで責任を追及されないためにさ。 そういう、弱い(とてもずるいけども)、よわーーい、 企業の中の一社員の事情や思いを見ないで、 「売上の一部が、鉱山夫用の新しいマスクの開発に使われ」るような製品を企業が作るのは、 灰色の陰謀だ、 消費社会の新しい罠だ、 目的は「じゃんじゃん買わせること」だけだ、 灰色に操られてるだけだ、 とこう、その面でのみとらえるのはどうかと思う。 すっごく大きな、パズルのピースを置いてけぼりにして、組み立てることになるんじゃないか。 しかし、コンゴの内戦、怖いね。 そういうのって「携帯をもう買い替えない」なんて方法じゃあ、 次に起こるかもしれないときにとめられないのだろうな。 さてどうする? |
| - ところで - | 08.04.05(土) |
ところで、全然関係ないのだけど「うさぎ!」の話にちょっと似てるので、二酸化炭素排出権取引について。 あれさ、排出権売る方は、もともと大して二酸化炭素出してない訳だから、出す量減るわけじゃないよね。 買う方は、排出権買った分だけ二酸化炭素出すわけだから、出す量減るわけじゃないよね。 結局、誰も排出量減らさないみたいな。 そのへん、どうなんだろう。 あんまそういうの詳しくないからどういう仕組みで排出量が減るのかわからん。 二酸化炭素がほんとに環境に悪いのかどうかもわからんが。 小沢さん「うさぎ!」で書かないかなあ。 (↑自分で調べる気はナシ) ------ 去年12月30日の朝日新聞で、結婚披露宴をしたカップルが、 披露宴の電気使用量等から二酸化炭素をどれぐらい出したか計算して、 その分1000円を有限責任中間法人「日本カーボンオフセット」に払って、 CO2を出したことを<帳消し>にしたとか、そんな記事が出ていた。 帳消し?! 「そのお金が石炭・石油火力発電をつくる代わりに稼動している小水力発電の資金の一部に回される。」のだそうだ。 それって、物理的には二酸化炭素全く消せてないのでは。 小水力発電というものが、二酸化炭素を出さないとしても それでプラマイ0なわけで、別に二酸化炭素が酸素と炭素に戻る仕組みに貢献できるわけでもなんでもないわけだよね。 この、お金を払って出さなかった「ことにする」とか、消した「ことにする」とか、 「ことにする」系の考え方はよくわからん。 「それもこれも灰色の陰謀よ!」とは思わないけど、なんでこんなまだるっこしいことしてるのかなあ。 |
| - ブギバ - | 08.04.04(金) |
数日前の「HEYHEYHEY」のスペシャルで、宇多田ヒカルがお気に入りの曲の中の一曲として、 「今夜はブギー・バック」を紹介していた。 小沢さんがくねくね歌う映像も流れていた。 (暮れに見かけたあの普通の男の人が、こんなくねくね歌うテンションてどんだけ、とちょっと思う。) |
| - WBS - | 08.03.17(月) |
テレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」で、「毎日の環境学」の中のどれかの曲が使われていた。 シート状になったなにか電子的なものの上にノートパソコンを載せると、LANに接続される、というような話のバックで。 そういうののバックには、使わないであげて! |
| - TVBross - | 08.02.03(日) |
テレビブロス2008年1月19日号に「『おばさんたちが案内する未来の世界』を見る集い」のレポートがのっている。 レポ主がこの集いをどんな感じで感じたかと 私がこの集いをどんな感じに感じたかは、大体似ている。(多分) ちょいちょい疑問を感じつつ、おおむね楽しんで帰ってきた、みたいな。 内容をかいつまむと ・自分がどうやってこの集いに参加したか。 ・会場でおにぎりなどが売っていて文化祭みたいでいい。 ・映画はベネズエラの映像などに小沢健二のロンロコの演奏。 ・ボリビアの政治集会や灰色について、真面目に考えるレポ主。 ・でも「灰色」から受けた恩恵については触れていないという突っ込み。 ・上映後レポ主が発言したがあまりちゃんとしゃべれなかったこと。 ・二次会が「しゃべり場」のようだったこと。 (↑と揶揄するように書いてあるが、肯定的に楽しんでその場にいたということだと思う。) ・オザケンの簡単な略歴 ・参加メモ 参加メモの中で、エリザベスさんに対して、 「世界のコンビニはみな同じ匂いがすると言うが、実際は微妙に違う」と言っているのに賛同したい。 チェーン店は、コピーみたいに同じなわけじゃないよね。 あと小沢さんがインドのカルカッタから来たことや、ここ9年日本にほとんどいなかったということが知れて嬉しい。 小さな1ページにいろいろぎゅー詰めでたんのうした。 しかし、レポ主自身が発言したことについて随分紙幅をさいていたり、 妹さんからこの集いを聞いたとか、個人的なこともけっこう書いてあって、 商業雑誌というよりブログのようだ。 でもテレビブロスの他のページも結構そんな感じ。 ------- そういえば私は何年か前、八ヶ岳のライブレポートを書いたときに、 最初はレポの中に「自分」を登場させていたのだけど、どうにも胸落ちせず、 思い切って自分は全部切り捨てて、文字起こしに徹したらなんかいい感じになって、 そいで公開したら読みに来てくれた人にも 「ああいうレポートは、たいてい読むとうらやましくなっちゃうのだけど、 このレポートはその場にいるような気になれて楽しかった」というようなことを言われて、 「よっしゃああ!!」 と思った、ということがあった。 逆にネット上で、「いかに自分は小沢健二と出会い、小沢が好きか」について、 思いっきりストレートに自分だけを出して書いてあるページがあって、 それはものすごく楽しくウキウキして読めて、 「いや、主観もアリだよ、楽しいよ」と思ったこともある。 ネット上で、「Aさんの庭」の中でAさん自身の話に付き合うのは楽しいということか。 商業雑誌だと違和感感じる。 |
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