小沢の音域
前に何かでオザワの歌のことを「異様に高い声で…」
と書いてるのを読んだことがある。
いくらなんでも認識違いだろう。
オザワの音域は実際は相当に低い。
「天使たちのシーン」は、低すぎて歌えない。(大好きなのに!)
「愛し愛されて生きるのさ」もけっこうヤバイ。
「夜と日時計」の「♪セイハロ〜」の「セイ」なんて「ソ」ですよ、「ソ」。
女性はたいてい1オクターブ上で歌う。
え?ソぐらい出るって?そのソじゃないよん。
もう1オクターブ低い、ソ。
男性でも出ない人は出ない。
私はもともとアルトなので「愛し愛されて生きるのさ」など、
頑張ってみてたら、音域がすごい低くなってしまった。
前歌えなかった男ボーカルの歌が、かなりカバーできるようになってきた。
首が長くて*、音域の低い女がいたら、それはオザワファンだ。
*待たされるから。
くだものの皮むき
ある日、「サタデー」を聞いていたら、
柔道さんが「小沢くん、果物の皮むきうまい?」と聞いたことがあった。
小沢くんは「よくぞ聞いてくれました!」と力を込めて答えた。
「俺、果物の皮むきだけは自信あるの」
「小さいころそれを支えにしてた」とまで言っていた。
(うそつけ。他にもできること色々あったやろ)という雰囲気がじゅーまんした。
それを聞いた瞬間、私の頭の中に10歳くらいの小沢くんが
くだもののカワをせっせと剥いてる絵が浮かんでしまった。
なんだか印象が強くて、それをもとに童話まで書いてしまった。
よかったら読んでね。
随所にオザワモデルののりを突っ込んであります。
小沢とジョン・レノン
小沢健二とジョンレノンの声は似てる。
いや声も歌い方も違うけど、ふいに耳にしたとき
なんだか部屋の中にだれかいるような気がして
きょろきょろしちゃうような、生っぽい感じが同じだった。
あまりビートルズ知らないので気付かなかったけど、
今度もっと聞いてみようと思う。
「実験的な曲」
「Buddy」がラジオでかかったとき、小沢さんは「すごい実験的な曲」と紹介していた。
確かに変わった感じのする曲だけど、どこが実験なのかな?
と思っていたが、ピアノで弾いてみてわかった。
伴奏が全部、ミなのだ。
ミーミ!シ#ドシミ#ドシドシー♪
のところも、中間の「怪しげな期待を」のところも、とにかくミ。
楽器弾ける人も弾けない人も、ためしに一本指で「ミ」を押しながらこれを歌ってみよう。
ほーらね。ミだべさ。
話飛ぶけど、宮本浩次(こうじ:エレカシの人とは別)もセカンドアルバムの中で
同じように「ミ」だけで弾ける曲を書いている。
そのアルバムが作られていた時期は、逆算するとちょうど「Buddy」が作られていたのと同じ時期なのだ。
なんか面白い。
ただ、小沢くんの方が「怪しげな期待を」のあたりでは少し転調しているので
同じミでも意味が変わる。
変わるけどやっぱりミ、みたいなあたりが
「ニクイねえ!」という感じか。
涙
小沢くんの涙なんてみたことないけど、「徹子の部屋」で一回だけ、
すっごく大切なことをしゃべっているときに
声が低〜く低〜くなっていったことがあった。
「あ、ワカルわかる!」と思ってみてた。
大野晋*なんかも文法の話をしてると涙ぐむんだそうな。
心の奥の、すっごく大事なこと。
でも小沢くんは声が低〜くなっていきながら
ぐぐっとふんばって、
次の瞬間にはぱっと明るい強い声に戻った。
何かの力が、すごいある人だと思った。
*「日本語練習帳」の人。国語学者。
男ってなー
「サタデー」に加藤紀子ちゃんでしたっけ、女の人が遊びに来たときのこと。
小沢さん、やたらとエロい話ばかりしていた。
んもう、ここそこにエロ話。
それだけならいんだけどそのうちジュウドウにこんなことを言った。
「ほら今柔道に『いつもの通りでいいんだよ』ってメッセージを」
!
うそだね、いつもはエロい話なんかしてないじゃーん。
紀子ちゃん来たからではないか。
…マッタク男の子ってのは!
光の時計
(またラジオなのですが)いつだったか小沢さんはアインシュタインの相対性理論を
自作の論理で実証してみせたことがあった。
「時計の針が光で出来ていたら、3時になった瞬間と
その3時の表示を見る瞬間までには差が」っていうような話。
それを聞いたとき
「この人なんて頭がいいんだ!!」と思って感動してしまった。
芸術作品を見たときみたいに感動した。
他人の頭の良さにそういう「感動」をしたのは初めてで、びっくりした。
最終回
「少し悲しい話」など、小沢さんは最終回でも前向きである。
「サタデー」が終わると決ったときも、ぜんぜんあっかるい声で報告していた。
でもその張り詰めたあっかるい声は、ちょっと悲鳴みたいに聞こえた。
小沢くん、そういうときは「終わっちゃって寂しいねー」とか、言ってもいいんだよ。
小沢牧子
小沢健二のお母さんが心理学者だというのは有名な話。
「ビューズ」かなんかでそのことが紹介されていて、著書に
「子供差別の社会」と出ていた。
!
「子供差別の社会」!!!
よくぞ言ってくれましたっ!
私も思うですよ「子供差別」!
ずっと嫌でした「子供差別」!
それ読んでみたーい、見てみたーい!
…とヒートアップして近所の図書館で探したけど、なかった。
しかたないので「心理学は子供の見方か」を予約して借りた。
読んでみると 、ところどころ「それは違うな」とか言ってみたくなったり
「なるほど!そうだそうだ」とこぶしをにぎったり
やはりけっこう面白かった。
それとそうやって真面目に読んでいると、ときどき「次男」の話が出て来て
いっきにミーハー心に返ったり、また真面目になったりして
おかしな感じだった。
「次男」氏は小学校で「温室栽培のおかげで冬でも苺が食べられるようになりました」と聞いてきて、
それは良くないことなのに良いことみたいに言っておかしい、と母親に言ったんだそうな。
そういう家庭だったんだねえ。
(今一つ「女の子がくるとエロ話」同様、意図的なものを感じなくもないが。)
「僕の音楽武者修行」
読むと言えばこれも読んじゃいますよね。
この本に入ってる小沢征爾の写真はほんとうに小沢くんに似ている。
じょーだん抜きで似ている。
おじさんなんだから、似ててもおかしくないけど。
たたずまいとかまでいっしょなんだもんなー。
「対抗上はだかになる」とかいう発想も似てるよね。
関係ないけど、この本ののりは三代目魚武浜田成夫の「自由になあれ」と似ている。あ「五体不満足」も似てる。
あと、小沢征爾さんの息子さんの俳優の人は小沢くんと似ていない。
顔は。
話してるときに相手の目をじっと見るとこはいっしょで、笑ってしまった。
「Hey3」で松っちゃんと浜ちゃんに両サイドから話しかけられていたとき、
つねに話者のほうを見ようとして、ぶんぶん頭をめぐらせていた姿が思い出される。
尾崎豊
ずーっと前に月カドにフリッパーズギターが出たとき、
インタビューの中で
「尾崎豊が見事に月カドになじんだように」という台詞をいっていた。
同じく掲載されていたマンガでも「天下取ったな」「あとは尾崎だな」
という台詞を言わされていた。
感じとしてやゆしていたし、あの小沢さんが尾崎聞いてたとは思えないのだけど、
なんかあるのだろーか、尾崎に。
尾崎といえば、「LOVELY」は「LOVE WAY」のすごく進化した形に思えたりする。
オザキが生きてて、小沢健二聞いたらどうだったろう?
と思うと「惜しいっ!」という気持ちでいっぱいになってしまう。
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