小沢健二の写真
小沢さんの昔の写真を見ると、あんまりハンサムでびっくりする。
フリッパーズの頃の「恋とマシンガン」ジャケ写とか、
「カメラカメラカメラ」のプロモだとか、
ほんとにもう「美少年!」という感じだ。
小沢さんの外見は、見る度印象が変わる。
「JAPAN」96年10月号、
24ページ右上の写真は…
お前誰だよ?!
でもその同じ号の49ページではすごく美形に写っていて、もうどきどきっとしちゃう。
桑田圭祐と対談してたときはあんまり細いので
パタパタと3ツ折にして持ち運びたくなってしまったし、
95年のWithではパジャマの下から出した足の裏のかわゆらしさにノックアウト。
「大人になれば」のポスターでは大人の男の渋い一面を見せつけ、
「無色の混沌」では、水森亜土になっていた。
なぜかカブリモノ好きだし。
あきません。
カブリモノ
カブリモノと言えば衝撃的だったのが、
ポンキッキーズでシロクマの着ぐるみを着ていたときのこと。
だいたい着ぐるみを着る人というのは、着ている動物のキャラクターにちょっと変身するものだ。
爛々ちゃんはちゃんと「うさぎの爛々」になっていたし、
ボウズも普段とは違うそのキャラとしてのボウズになっていた。
が、小沢さんは「そのまま」なのであった。
シロクマとしての自覚は何もない。
「この人、かぶったはいいけど、ほんとにかぶってるだけなのね」
と思ってみていたが、
さらにもぐらたたきゲームで熱くなった小沢さんはなんと、
はあはあ言いながらシロクマの頭のあごのホックを
「ぷちぷちっ」とかいって取ってしまわれた!
皮を…
皮を脱ぐなーーーっ。
小沢と古文
小沢さんはあんなに音楽が出来て、ギターは弾くわ、編曲はするわでスゴイのに、
なんだかワインにも詳しいらしい。銘柄をあてるゲームでタモリと勝負して勝つくらい。
それだけではなくその上古文も読めるらしい。
サタデーで、「古典はマンガじゃなくて原文で読んだ方がいい」とか言っていた。
そりゃそうだろうけど!
もともとの書いた人の文が一番ナマナマしいのは当り前だけど、
でも、だが、しかし、小沢健二は古文を原文で読むわけね。
…やだなあ。
(↑自分が国文のくせにそうスイスイ読めないから)
あと、オザワケンジとヒカルゲンジは似ている。
ハンサムで頭が良くてスポーツマンで、
常々そんなことを思っていたのだが、
昔かかずらいのあった人の悪口など絶対言わない性格で、
人が蹴鞠をしているのを見ると自分もやってみたくなる性分で、
歌が作れて琴の名手で、
すぐワレボメをなさる。
生まれといえばいいとこの次男坊で、そして何より
ワガママ王子さま!
ポンキッキーズで「♪源氏物語〜」とか言ってみたり
猫屋で源氏を読んでみたり、したので溜飲がさがった。
三島由紀夫レター教室
小沢健二が、三島由紀夫レター教室を気に入っているということで、
その文庫本に小沢の名前の入ったオビがついたというのは有名な話だ。
あの本の中で特に印象深いのが、最後についている「作者から読者への手紙」。
未知の女性から、
「私は小さい頃から早熟で庭の柿の木の向こうに夕日の沈むのを見て涙をにじませていた」
かなんかいうことを書いかれても、
「いきなり柿の木の向うに沈む夕日に付きあわされるわけだが、これもとんだ災難です。」
というような話し。
これはよくわかる。
以前小沢さんがゲストで出たラジオ番組に、リスナーから、
「『大人になれば』に出てくる『甘いお茶』ってなんだろう?『虫歯の誕生日』にも出てくるし…」というハガキが来て、
それを聞いた瞬間小沢さんは
「それが俺とどう関係あるのよ?!」とか言って怒っていた。
おそらくその人は『虫歯の誕生日』にはなんらかの思い入れがあって口に出したいのだろうが、そういうのは人には関係ないことですから、口にするにしても気をつけてしなくちゃと自戒を込めて思う。
どうしてもというなら、自分のHPのコンテンツにするべし。
小沢ファンの男
小沢さんのライブに行くと、ほとんど女の子なわけですが、中には男もいる。
彼女のつきそいの人でつまらなそうにしていたのが、
最後には結局楽しくなってきてちょっと踊ったりしている、なんていうのはなんかイイ。
小沢ファンで初めからのりのりの男もいる。
それもいい。
ヘンだなーと思うのは、
小沢さんを挑むような目でじっと見続けている手合いだ。
盗み撮りをしている人なのかと思うとそうでもない。
ファンではあるみたいなのだが、
「オマエと俺は対等なんだ」と言い張るような雰囲気でむっつり座っている。
小沢さんが出演したラジオのパーソナリティで、
なんかちょっと面白いことを言っているんだけど、
言っているんだけど、
オザワの話を聞くより自分の思っていることばかりしゃべってる男の人がいたが、
マスコミ業界で小沢好きでそういう手合いは多いのではなかろうか。
そういうの手合いに、若かりしころの小沢さんがインタビューを受けて、
はみ出した自意識を押しつけられたりしてたとしたら?、
フリッパーズがああいう風な受け答えばかりするようになったとしても
おかしくないかも、とか思う。(あくまで想像)
柔道さん
そんな中で柔道さんは普通で優しくて、
さりげなく気を使ったり、素敵な人だった。
「表現者で自意識がとっちらかった男」がゲストに来たときも、
柔道さんのバランスの良い声がいい重しになっていた。
そんな柔道さんが番組後半、小沢さんにけおされてだまりがちになっていたのは残念だった。
小沢さん、後半ほんとに面白くて、60分じゃしゃべりつくせない!
っていきおいでしゃべってましたからね。
柔道さんは困ったように無口になり、一度開き直り、そしてやっぱり上手くいかなくてだんまりになっていった。(ように思えた)
しかし柔道よ、
小沢さんはポンキッキーズの「さんかくなーんだ」で、
ボウズに小道具を拾わせちゃったとき
「それでこれ俺が拾うの」ってチラっと言われて、
すぐ「あ、ごめん。」「ごめんねー」って謝った人なんだぞ。
「小沢クん、ぼくにもしゃべらせてえや」(関西のアクセントで読んでください)ってヒトコト言ってたらば、
「あ、ごめんね」ですんだだろう。
「はじょう」に限らず、人になにかを言うのは難しい。
小沢の気
初めて小沢さんのライブに行った日、
ひきかけていた風邪が治った。
八が岳で「流れ星ビバップ」でコーフンして踊りまくった後、
宿に帰ったらなぜか視力があがっていた。
小沢健二のライブには、何かある。
小沢とマンガ
小沢さんは何かのときに「あんまりマンガは知らないから」と言っていたが、
それにしては「ローマよりCM撮影の様子・続編」でのリズムカルなコマ運びは上手すぎる。
同じ写真をテンポ良く使って繰り出す絶妙な間合い。
あれはそうとう読んでると見た。
あと「サタデー」でも、適当な言葉を書いた紙をランダムにめくって、新しいヘンな文章を作って遊ぶゲームで、
一回だけ「ぱたーん」て擬音を口にしながらめくったことがあった。
マンガを読んでそうなキャラでは全くない小沢さんが
やっぱり読んでるのを知ってなんとなく安心したが、
そういうのを面に出さない小沢さんのことはとても好きだ。
なぜかいつも濡れたままのネクタイ
その言葉のゲームで一番面白かったのが
「なぜかいつも濡れたままの」に「ネクタイ」が付いたときだ。
はじめは「うわー、なんか呪いがかかってる…」とか言って普通だったのが、
小沢さんの空想が進むにつれて
「未来の世界ではそれが普通」とか言ってすっごい面白い話になっていったのが楽しかった。
分かっている感じ
小沢さんは「ここだ」というモノの綴じ目を外さない。
「大人になれば」が出たときに何かのラジオ番組で、
リスナーに「大人と子供のちがい」を考えてもらう企画があって、
送られてきた色々な考え方について、
「確かにそう」「それはちがう」を判定していたのだが、
ほんとに「ちがう」ものは「ちがう」と言っていたのが超良かった。
たとえば(忘れちゃったけど)「ワサビを食べられるかどうか」とかはバツなのだ。
それは「大人と子供の違い」ではなくて「たんなる慣れ」だとかなんとかに判定していた。
えらい!オザワ!
そういう判定で(欽ちゃんの仮装大賞みたいに)ぐずぐずになってしまわずに真剣に「大人かどうか」を考える小沢。
外さない奴だぜ。
「ビレッジ」のビデオも、ずーっと小沢さん自身のナレーションが入っていて、すごく良かった。
普通のライブビデオはアーティスト自身があんまり参加していなくて
もう一つ寂しいような気がしていたのだが、
小沢さんはちゃんと分かっているのだ。
嬉しい。
ブードゥー主義と地球儀
サタデーで話してた面白い話の中で、「私のブードゥー主義」には個人的に思い出がある。
ちょっと「柿の木」だけど書いてしまう。
たしか「ブードゥーで作る人形とかはすごい権威のあるものではなく、その辺にあるもの、日常から出て来たものを使う」、
「だからこそそこに念がのる」というような話であった。
ふむふむ、とか言って聞いていたら、
小沢さんは次にそれを
「お小遣いが少ない方が子供も遊びに集中する」という話をつなげてみせた。
ぱちんと。
とたんに世界地図のイメージが頭に浮かんだ。
長方形の地図の、北の端と西の端をえいっともちあげて、
ぱちんと当てはめるところを見てしまったような気持。
私の中では、そのブードゥーの話とお小遣いの話はちょっと離れたところにあるものの気がしたのだ。(むしろ「指さえも」の「個人的な思い入れの言葉がすっと人に伝わる」の方につながるような気がして聞いていた。)
で、平面の長方形である地図とゆーものは、
実際は立体の、球体の地球を表したものなんであって、
ほんとに北の端と西の端はくっついている訳だ。
「ああ、小沢さん、地球儀を作り出したなあ」と思った。(あくまで勝手なイメージ)
それで私はさらに「どこまでも地図を拡げていくのが子供」
「拡げるのをやめてあっちの端とこっちの端を持ち上げてあてはめて、地球儀をつくりはじめるのが大人」とか思ってみたり、
教科書に出て来たいろいろな平面的な図→、化学の周期表とか美術の12色相環とか音楽の五度圏とか国語の活用表とか→が、実は正体は球体、とか考えたりしてしばらく「地球儀、地球儀」とその思索にハマっていた。
そしたらちょっとしたら小沢さんもラジオで「地球儀っていいよねー」とか言ったのでどきっとした。
当時日本で地球儀のことを考えていた人間はどれくらいいただろう。
30人くらいはいただろう。
それが3万人とかいう規模になると、「ワインブーム」みたいなことになるのだろう。
なんていうことを、「サタデー」を聞いていた当時はあのコバナシに影響されてよく考えていた。
最近はあまり考えない。
毎週「サタデー」を聞いて、隔週で「ドゥワチャ」を読んでいたそのころ、
どんなに贅沢な日々にいたか「♪本当は分かって」いたけど。
まさかこんなに長い不在期間があるとは思わなかったよ、小沢くん。